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ATLASからALFA-Xへ [JITOZU_車両]

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写真は、鉄道総研のATLASの車両だ。
ATLASとは、1992年から始まった、次世代新幹線ATLAS計画のことで、 Advanced Technology for Low-noise and AtractiveShinkansen の略称である。
その名の通り、超高速低騒音新幹線を"イメージした計画"であった。


イメージしたとは、何とも概念的だが何も私の言葉ではなく、ある総研の理事の方の言葉だ。
新幹線を実現したキーテクノロジーと今後の研究開発
この文章によると、とかくスピードを追求した計画と語られるATLAS計画だが、それに及ぼず、環境との調和も課題の一つだと分かる。特に高速度では空力音の抑制が大きいようだ。そして上記文章からは、屋根周りのそれは解決しいるが、車体下部の空力音についてはこれからの課題と読み取れる。


これに対して、JR東日本のALFA-X計画では、ディスクブレーキの形状の変更で挑むようだ。
次世代新幹線に向けた試験車両の新造について


線路を走る以上、車輪とレールの摩擦音は避けられない。しかし、ディスクブレーキの形状改良といった地味ながら確実に改善していくことで、高速鉄道の最高峰が見えてくるのではないだろうか。そしてそれが、グローバルスタンダードへの道だと思う。


2019年春に落成する、ALFA-X E956が益々楽しみである。


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ローカル線の雄 DD16 [JITOZU_車両]

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参照MAP

写真は、鉄道総合技術研究所のDD16 7号機である。
この形式は、低規格路線の無煙化対応に当たり生産された機体だ。


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手持ちの、機関車全百科によると、小海線や飯山線、七尾線などに投入された様だ。
それら路線において、C12,C56と置き換えられていった。


また、貨物輸送がメインのため、SGは非搭載。そして流用部品多数で生産された地味な機体であるが、小型ディーゼル好きには堪らない魅了がある。
全体的には、足回りがスカスカとして不恰好な印象も否めないが、個人的には、セミキャブレターの極端に切り詰められた短い側、つまり上記写真の側から見た構図はバランスの良い美しさを醸し出していると感じる。


残念ながら、私は、鉄道総研の本機を拝見したことは無い。本機は現在、若桜鉄道
に移管され活躍してある様だ。しかも、体験運転ができるという。


若桜鉄道の前身は、国鉄、若桜線である。
低規格路線では無いものの、そのローカル線具合はDD16がよく似合いそうだ。
いつの日か、山陰の鉄道を巡りつつ訪問して見たい。



機関車全百科 (1977年) (コロタン文庫〈9〉)

機関車全百科 (1977年) (コロタン文庫〈9〉)

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: 小学館
  • 発売日: 1977/12
  • メディア: 文庫
機関車全百科 (コロタン文庫 (9))

機関車全百科 (コロタン文庫 (9))

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: 小学館
  • 発売日: 1985/03
  • メディア: 文庫


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鹿児島市電 の 意外なる先進性 [JITOZU_車両]

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参照MAP

写真は、鹿児島市交通局の9500形だ。
外観の形状からは、新しさの中にどことなく古さを感じる独特な印象だ。


Wiki pediaによると主要機器は、かつての主力機800形のものを流用している様だ。
そのため吊り掛けモーター、抵抗制御など、旧型の余韻を残す車両となっている。
製作はアルナ工機。現在はアルナ車両と名を変えながらも"国内路面電車のトップメーカー(メーカーHPより)"として活躍を続けている。


特に自社シリーズ、リトルダンサーは有名だが、それが"小さい段差"から来ているところも、ナニワの心意気を感じる。


そう言えば、以前、大阪の電通の方が、大阪で企画が通っても東京では通じないと仰っていた事を思い出す。大阪と東京のセンスのどちらが良いのかは分からないが、個人的にはリトルダンサーは応援したい。因みに、リトルダンサーの初納入は、鹿児島市交通局の1000形だったりする。


そして、この写真でもう一つ気になる所は、軌道緑化だ。平成18年から始め、現在は
"併用軌道区間8.9キロにも及ぶ"とのこと。そして全国路面軌道協議会の情報によれば、見た目の優しさもさる事ながら、路面温度の低温化にも貢献しているとの事。しかも、鹿児島の路面電車の芝はピクトールという、ゴルフ場や野球場に適した生育旺盛の種類とのようだ。そして、2010年からは芝刈り電車も登場した。芝刈り電車については、
のん植原さんのサイトが詳しい。
色々、奥深い鹿児島市電。今後ともウォッチしていく必要がありそだ。


魅惑の機関車 EF81 450番台 [JITOZU_車両]

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参照MAP
写真は 福岡貨物ターミナル駅における、EF81 451号機である。夜のターミナルに浮かび上がる貨物機なライト。とても情感溢れる作品だ。
この451号機は450番台と呼ばれるJR貨物が新造した関門トンネル専用機だそうだ。
中でも451,452号機は、灯火類を下部にまとめた特別仕様車だ。
と言うのも他の機は、500番台作成時に台数削減に伴い余剰になってしまった車体を流用したので、現行通り、ヘッドライトは上部という形を踏襲している。


さて、このヘッドライトだが、鉄道ファン2017年3月号によると、過去の門司機関区と富山機関区の転配交流では"降雪地帯での着雪を指摘され富山への転属は見送られた"とある。
そう言えば、腰部にライトがある形式でも、降雪地帯地帯を行くEF510やEH200,500,800などが頭部にもライトがあるのは、そのためだろうか?当然、接近を通知するのに位置が高い方が有利だというのがあると思うが。


また、扉が赤い理由は、鉄路探訪さんのHPによると交直流機であること示すためだと言う。


そして、もう一つの特徴がナンバープレートの取り付け位置。右側に寄せるのはその後の電気機関車の標準となったので、この点でエポックメイキングな仕様だ。


ところで、この450番台と同じ時期に、EF66の100番台も新製されている。これは、バブル景気に乗り、鉄道輸送力が増加したことに寄るものだと考えられるが、451号機が製造された1991年の翌年には、バブルが崩壊し貨物輸送量が急激に落ち込むのである。


バブルの申し子であり、国鉄型の流れも組む、そして、JR貨物機の先駆けといった意味で、450番台はEF66の100番台と共に、地味ながら貴重な存在なのかもしれない。


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写真は、東海道貨物を引くEF66 100番台 茅ヶ崎駅にて 著者撮影。


京阪700形 の ルーツを知る [JITOZU_車両]

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参照MAP

京阪700形のトーマスラッピング車である。


Wikipedia
によると700形は、350形や500形の車体を流用して作られた車両様だ。


さらに、追っていくと、当の500形は、260型の流用であることが分かった。
以下は、wikiの260型ページからの転載。


* 280 - 1968年7月23日竣工、1997年10月12日廃車。(解体)
* 281 - 1968年7月23日竣工、1981年6月30日改造され 505 に改番、1993年5月27日廃車。(709へ車体流用)[10]
* 282 - 1968年7月29日竣工、1981年6月30日改造され 506 に改番、1993年5月27日廃車。(710へ車体流用)
* 283 - 1968年7月29日竣工、1979年6月12日改造され 503 に改番、1993年2月13日廃車。(707へ車体流用)
* 284 - 1968年11月18日竣工、1979年6月12日改造され 504 に改番、1993年2月13日廃車。(708へ車体流用)
* 285 - 1968年11月18日竣工、1979年3月29日改造され 501 に改番、1992年11月11日廃車。(705へ車体流用)
* 286 - 1968年11月27日竣工、1979年3月29日改造され 502 に改番、1992年11月11日廃車。(706へ車体流用)


ちなみに、350形からの供出もありそれらは361-360・359-358が700形701 - 704へ
とのことだが、いずれにしても種車から巡ると700形は、50年近い車齢であることが分かる。


50年というと、どれ位の年数なのだろうか?
試しに、250型の生まれた1968年近辺のブルーリボン賞、ローレル賞を調べて見た。


ブルーリボン賞
1967年 近鉄 18200系
1968年 国鉄 581系
1969年 国鉄 EF66形


ローレル賞
1067年 長電0系
1968年 該当なし
1969年 東京都交通局 6000系


いずれも、

鉄道友の会のサイトより

この中で、現在も頑張っているのはEF66のみ。それを思うと700形もオールドエイジ枠での頑張りであることが分かる。
一形式に固執するのではなく、700形の様にを変えながら残っていくといことは、鉄道車両の一つのありかたと思う。


例えば、最近では都電7000形が7700形にリニューアルして活躍しているが、とても鉄道ファンとしても、利用者としても納得のいくリノベーションであった。
新車ばかりでなく、こしうした車両も増えれば、乗る楽しみが増えることと思う。


700形のような全国のリニューアル車の今後の活躍を祈るばかりである。


タグ:歴史 京阪

新緑の 赤沢森林鉄道 [JITOZU_車両]

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参照MAP
この開放型の車両は、緑を感じるのにうってつけである。
写真からも新緑の心地よさが伝わってくる。

私も先日、この鉄道に乗車した。
往復2.2キロの小さな旅だけれど、川沿いから林をジグザグと抜ける、自然な線形は、ちょっとした林鉄気分を十分味わうことができる。

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牽引するのは、1996年、北陸重機製の新造車だ。以前は、酒井工作所の当時物を使用していた様だが、現在は、わざわざ当時の機関車を模した機に置き換わっている。

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そして、併設の資料館では木曽森林鉄道の貴重な写真とともに保存車両がある。その中で、私が注目したのは制動車だ。

西裕之氏の名著、木曽谷の森林鉄道によると、制動車役割は、"機関車から後方視界が見通せないので(中略)最後尾に一人だけ乗務員が乗車するようになった。"とのこと。

キツイ森林鉄道のカーブに、この狭小2軸車両だとさぞかし、右に左にとコースーターの様だったに違いない。乗っているだけで、とても不安になりそうだ。
制動車導入以前のブレーキ管が繋がる前は、各車に人が乗り手動ブレーキを、機関車の合図に合わせてかけていたというのだから、それに比べればはるかに安全なのだろう。

いずれにしても、森林鉄道の奥深さ。まだまだ、知りたいことだらけであるり

そして今回、他にも、色々な発見があった訪問だったが、その報告は、ちょつとづつ出していく予定です。


木曽谷の森林鉄道

木曽谷の森林鉄道

  • 作者: 西 裕之
  • 出版社/メーカー: ネコ・パブリッシング
  • 発売日: 2006/12/01
  • メディア: ハードカバー



木曽の森林鉄道 (1973年)

木曽の森林鉄道 (1973年)

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: 銀河書房
  • 発売日: 1973
  • メディア: -



寝台特急 日本海 からの 北斗星 [JITOZU_車両]

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参照MAP

写真は、青森駅における 寝台特急 日本海 の回送前のシーンだ。
日本海や、あけぼのなど当駅着の寝台にとって馴染みの光景であった。この作者もまた、降り立ったその足で撮影したのだろうか?
JITOZU/MAP機能では、"寝台"のダグを使っているのだが、表示される寝台の種類は、2010年以降にも運行していたものに限られる。

ダグをブルートレインとして検索しても同じであった。
(タグ検索機能は、管理者用)

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MAPに表示する、読み込み元のFlicker自体は、2006年ごろからジオタグに対応している。よってインフラと言うよりGPSの普及と関係しているのかも分からない。

この辺りについては、ゆっくり考察して見ると面白いかも知れない。
さて、かつて私も日本海に乗車したことがある。それは、廃止の前年2011年の事で
この写真と同じ年の12/26だ。
そして当時、旅程を記録に残すべくブログを作った。青森到着時の様子はこちら。
この年は寒波が厳しく早々に駅を退散し、朝からポン酒で温まった。その後、同じく寝台の上り、あけぼので帰京予定も大雪で運休。
思案する間も無く、北斗星での帰京に変更。善は急げと函館に向かい、北斗星乗車と相成った。


寝床は、解放B下段。年末の東京行きは、まずまずの乗車率だった。
そして何より印象深い出来事は、朝の車内での一言だ。当時のブログから引用したい。


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この一件で、北斗星もやはり昭和のブルートレインである事を、実感させられたのである。
その昭和のブルートレインも無くなって久しいが、写真を見ると、あの時この時の記憶が鮮明に蘇る。記録の中に生き続ける、ブルートレインである。


静岡の中の関西 21000系 [JITOZU_車両]

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参考map
写真は、大井川鐵道、福用駅近くの桜と21000系の様子だ。
この福用駅から大和田駅に続く区間は、桜の見応えのある区間らしく、シーズン中は多くの鉄道写真ファンが駆けつけるそうだ。


そして、この21000系も味がある車体だ。
昭和33年製造の同車。よくぞ今でも稼働するものだと感心してしまう。言うまでもなく、関係者の努力の賜物ではあるが、この年代の車両作りの丁寧さもあるのではないか。


それは、川島令三氏が著作「私の電車史」の中で述べている言葉が体現している。
"元私鉄のしっかりとしたつくりの車両をみたりすると、関西の鉄道マニアは、(中略)私鉄の豪快さが印象に残り、私鉄一辺倒に、なってしまうのである。"
わたしも同感で、関西の私鉄は国鉄との競争に熱かった影響なのか各社の車両は、独特の発展していった様に思える。


この21000系も、面作りこそ当時の流行りだった二枚窓湘南スタイルだが、南海独特の車内読書灯の上手さにアイデンティティを感じる。

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写真は、私が撮影した一畑電鉄の21000系の車内だ。
その取り付け位置、明るさ具合が絶妙で、ロングシートでの新聞読書に最適だ。
かつて、フランスのTGVに乗車した際も、同様の照明が付いていたが、南海の方が圧倒的に早く取り入れていた。先見の明があるという事だろう。
あくまでTGVの話で、そのほか車両にも付いていたかも知れませんが。。


さすがにシートのよれなどは、否めませんが、今こそ大井川鐵道で、作りの良さを体感することをお薦めします。


400系 が残したもの [JITOZU_車両]

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参照Map

写真は、そのタイトル通り、山形新幹線の甲種輸送の風景だ。
1990年代始めは、1992年の山形新幹線開業に合わせ400系の製造が盛んに行われた時期。しかも、EF66+シム1000+400系の豪華編成だ。

400系が登場した時は、新しい時代が来た!と思った。在来利用の運行、200系との併結など、カラーリングと共にシステムそのものがこれまでにないものだった。

勝手に、ローレル賞が取れるのでは?と応援していたが、400系の運行開始の92年は253系とキハ200形。やはりローレル賞は、車両を対象とした賞だったと納得した。


その当時、しくみを讃える鉄道賞があっても良いのにと思った。今で言う日本鉄道賞といったところだろうか。


400系についての私の思い出は、座席の構成と、峠駅で見た姿である。
座席の構成は、新幹線初の普通車で2x2であった。これほ、宇都宮や那須塩原など特に短距離利用の場合に重宝した。窓側に座っても出やすいし、併結している場合、400系側の方が空いていた。これは、なんとなく気楽である。ちょっとそこまでには、もってこいの車内空間だった。
現在も、同様の座席構成だが、私の、この感覚は400系で生まれたのである。


もう一つは、峠駅である。
2009年ごろだと思うが、先輩らと当駅を訪れた。そこで、目にした新幹線こそが400系であった。この時は、駅近くの喫茶店で、峠を越えるEF71の写真を拝見した直後で、今も昔も峠越えの雄壮は、変わらぬと感じ入った記憶がある。


その時撮ったブレブレ写真を掲載します。
長くなりましたが。やはり400系は、カッコ良かったと思います。
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キハ40 系列の旅情感 [JITOZU_車両]

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参照マップ
写真は、筑豊本線 藤ノ木駅における、キハ47の車内の様だ。運転士さんと思しき背中、クロスシート、そしてフィルムカメラを思わせるボケ感、色合いとキハらしさを感じてしまう一枚だ。
この路線は、現在、819系架線式蓄電電車
が運行され始めている。
時代的には正しい方向だし、毎日利用する地元の方々にとっては、ちょっとした乗り心地も疲れに影響するので、歓迎すべきことと思う。

しかし、キハ40系列で旅情を知ってしまうと、ちょっと寂しいものである。

さて、このキハだが、写真をよく見て見ると9042だと分かる。こうなってくると、その歴史が気になるが、調べるとすぐに判明した。

九州の気動車に魅せられてというブログによると1979年製であることが分かる。機関換装などの改造を受け、しかも、種別幕は103系からの転用との記載も。

生き残るキハ40系列を見ていると、大抵、改造を受けていてある意味、古いモノを大切にする究極の姿と感じてしまうのは、鉄道ファンのエゴだろうか?
登場からの年数も気になるが、もう少し、活躍して欲しいと思います。

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